山本周五郎『あんちゃん』

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読書感想

山本周五郎『あんちゃん』新潮文庫
 読了しました。
アマゾンの履歴によると購入したのは2012年なので、
手をつけるまでにえらい時間が掛かってしまいました。

山本周五郎の本は、これまでに『日本婦道記』、『五辧の椿』などを読んでいます。
これらに比べると、今回の『あんちゃん』はバラエティに富んだ短編集だったと思います。
父子もの、色恋もの、市井、悪党など八編。
中から印象に残ったものを抜き出して書いてみます。含ネタバレ。





『菊千代抄』
 家のしきたりで男として育てられた大名家の姫、菊千代。
生まれたときから男として育ち、15歳まで疑いなく男として生きながらも、
遊び友達の男子、半三郎に恋とも親愛ともつかない思いを抱いたりしていた。
しかし成長は残酷なもので、ある日菊千代にも初潮が来て、自分は女であることを知ってしまう。
ここから自分の倒錯した性と向き合って生きて行かなければならない少女の姿が描かれます。

男装の麗人。
この話はとても気に入りましたし、読みながら少し涙もしました。
自分が女と分かったあとの菊千代は、己の正体を知られないことを第一に考え、
側に誰も寄せ付けず、生まれた屋敷からも出て孤独に暮らします。
自分は男であるのに、身体だけが女であることを受け入れられず、素のままで人と関わることも出来ないまま年を取っていきます。
人に言えない悩みや秘密を抱えて、他人に壁を作って過ごしている人って現代にも沢山いますよね。
それは身体的なことだったり、心の問題だったり様々ですが、
一人でじっと耐えている人に、この作品をお勧めしたいです。
自分にも思い当たるところがあるからこそ、読みながらの苦しさも感動も来るものがありました。
鼻に付くとすれば「女の幸せ=男と一緒になること、と描かれている点。
まあこれはこの作品に限らずありふれた社会通念なのですが…。
恋のお相手の半三郎はとっても素敵です。萌えです。
時代物のロマンス小説としてかなり好きな作品です。
書かれたのは昭和25年ですが、この時代にある種のトランスジェンダーを描いた山本周五郎って、
すごく進んだ考えの方だったんじゃないでしょうか。


思い違い物語
今回の中で一番好きなのはこの作品かもしれません。
ひょうきんな泰三を主役に据えたドタバタコメディで、笑い転げながら読みました。
城勤めでは役立たずと目されて、無意味な仕事を押し付けられているものの、
ある日その仕事の書類に重大な不正の証拠を発見して、城中を巻き込む騒動になります。
泰三が担当する「無意味な仕事」に対する働きぶりも笑えるし、
泰三が寄宿している典木家の娘、津留とのやり取りも笑えます。
何しろ、時代物のコメディを初めて読んだ気がします。面白い。
三谷幸喜に映像化してもらえたら、なんて妄想します。


その他、『七日七夜』も良かったです。
三千石の旗本の息子でありながら、四男という立場で冷や飯食らいの昌平。
家族からの扱いは酷いもので、
「みっともないから外へ出るな」
「客の前に出るな」
「歩きまわるな」
という調子。
まさに江戸時代のニートです。
そんな彼も堪忍袋の緒が切れて、家から金を盗み、外へ飛び出してしまう。
遊び尽くして金を失った後に辿り着いた居酒屋の娘と恋に落ちて、
最後には店の婿として居酒屋を繁盛させて幸せに暮らします。
七日七夜で変わる人生。
日本昔話のような、おとぎ話のような物語です。


表題作の『あんちゃん』 は購入の目当てでしたが、今ひとつ物足りなかったです。
兄妹の近親愛ものですが、オチが。物足りない。
でも一番幸せな形に落ち着いたら、こうなるのでしょうね。



ひとまず、こんなところでしょうか。
 山本周五郎作品はこれからもっと読んでいきたいです。










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